介護保険制度を中心とする行政情報、各地の市民活動団体の活動などを紹介しながら、みなさんとともに「市民福祉」を考えていくサイトです。

7.被災地グループホームまるごと受け入れ作戦・その6

[東日本大震災特別編]

 

NHKニュースで放映された。
 4月12日朝6時、NHK『「おはよう日本」』で、1日半かけた取材が、わずか5分で放映された。
 あれもこれも削られているが、編集はさすがで、骨子はきちんと伝えられていた。
 わたしも、改めて報告を書きつがなくては。
 まず、放送されなかった福島県原発立地のグループホームの今や、杓子定規な被災地の人々への対応を。

 

福島取材の日(1)
 今にも降り出しそうな空模様の下、東北自動車道で一路向かう。
 すぐに本降りになる。放射能まじりの雨だ。
 福島県に入ったあたりから、こころもち車のすべりが悪くなった。
 風景のなかには瓦屋根の一部がブルーシートで覆われた程度で、大震災の地に入った実感はない。
 同行の記者が持っていた線量計がちょっと上がったぐらいが、原発に近づいたことの証拠だった。

 4時間ほどで福島市に到着。
 福島県事業者団体会長が運営するグループホームが最初の取材先だ。

 一時期は被災者60名を引き受けていたが、今は数人になったそうだ。
 会長のほか、電話でやり取りした南相馬市の方、原発事故で避難指示が出された町のグループホームが来られていた。
 さっそく、福島の状況をうかがう。

 

原発事故で避難してきたSさんの話
 原発事故が深刻化した3月16日、防災無線で「避難して下さい、みなさん、さようなら」と町長の放送がありました。
 数日のことだろうと、荷物もほとんど持たず、グループホームの入居者18名と合流してきた職員の総勢45名で、避難先のあてもなく、11台の車を連ねて町を出ました。
 その夜は3月半ばには珍しい吹雪で、ワイパーもきかない。
 前も後ろも真っ白で、後続の車を確かめようにも何も見えない。
 これがわたしたちの現実だ、と思いました。

 

 町を出て4日間、混乱して不穏状態がいつもにもまして激しい入居者と避難所に入ることはできず、転々としたあと、ここへきました。
 ところが、自力でようやく避難場所を見つけても、公式の避難所に入っていないと、被災者向けの支援物資も食べ物ももらえません。
 では、どこかに入れるかと聞けば、「もう満員です」という返事が返ってくる。

 

 福島市に着いた直後、心疾患と呼吸器疾患のある方がチアノーゼを起こしました。
 ツメの先まで紫色になっているのに、問い合わせた病院は「放射能のスクリーニング済んでますか? してなければ、受け入れません」といわれました。
 もちろんしていません。
 気の毒に思った救急隊員がその場で検査してくれて、入院できました。

 

 長期戦を覚悟して、福島市内にアパートを借りグループホームを再開することにしました。
 デイルーム用に歩いて5分のところに平屋の借家も借りました。
 けれども、居宅介護支援事業所、ヘルパーステーション、デイサービスは休業届を出し、職員に解雇通知を出しました。
 給料の出どころがなくなった今、そうしなければ職員は失業給付も受けられなのです。
 解雇した職員に「町に戻ったらまた雇って下さいね」と言われたのがつらい。
 いったい、いつもどれるのか。

 

 毎朝、グループホームの入居者と「がんばろう福島! がんばろう東北! がんばろう日本!」と拳をあげてますけれど、わたしだって、いつまでももたないですよ。(この項続く)

 

今週も余震が頻発した。
 4月11日夕方には福島県が震源で、いわき市で3名が亡くなったが、「またか」と思いかけている自分が怖い。
 その2時間ほど前、南相馬市のグループホームからわがグループホームに緊急入居されたばかりのM子さんは、テーブルから離れようとしなかった。
 となりにいた職員に不安と怒りをぶつける。
 大地震のショックは、認知症であろうと忘れることはない。

 

13日は久しぶりに介護給付費分科会が開催された。
 前半は、東日本大震災関連の介護保険関連の対応についての説明と、委員が関係する団体の被災地支援報告があり、後半には今後の審議スケジュールが示された。
 なかには、こんな大災害時に介護報酬の改定してもよいものか、という発言もあったが、座長は予定通りすすめる方針を示した。

 

震災の死者、不明者の半数は高齢者。
 このなかにどれだけの要介護者、要支援者がいるのか。
 特に在宅介護を受けていた人の状況はどうだったのか。
 今は全く情報がない。
 先日、三陸に入った人からのメールでは、在宅介護や小規模施設はいまだに放置状態だとあった。
 新サービスの介護報酬を審議する前に、大災害にも耐えられる介護保険制度を再構築するための議論が聞きたい。
 首都圏はもちろん、日本全国どこでも被災地になる確率は高いのだから。(おりーぶ・おいる)