介護保険制度を中心とする行政情報、各地の市民活動団体の活動などを紹介しながら、みなさんとともに「市民福祉」を考えていくサイトです。

3.「豹変」したっていいじゃない?(5月13日)

 5月13日、第74回社会保障審議会介護給付費分科会の傍聴に行ってきました。
 議題は、
 ①介護人材の確保と処遇の改善策について
 ②定期巡回・随時対応サービス及び複合型サービスについて
でフリートークでした。

 ①では、介護職員処遇改善交付金の継続についての発言が多く、それも賛否両論でした・・・

 

「制度あって実態なし」が心配
 ②の背景として、「高齢者の増加、独居老人の増加など、現状のシステムでは高齢者を支えきれない」。
 だから、「在宅の限界点を引き上げる」ことを目的として、利用者に、必要なタイミングで、必要な量と内容の介護と看護を提供するために、「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」を創設するのだということでした。
 これだと、ある程度の金額の定額包括報酬を設定せざるを得ないと思います。
 また本当に、多くの要介護者が、深夜帯にこのサービスを利用するのかどうかは不明です。
 そうなると、体力がある大手事業者しか参入できないことが予測され、地域貢献している中小零細企業が将来的には淘汰されていく可能性があると思いました。
 過去の改正同様に、理念は良くても、選択肢が狭められ、「制度あって実態なし」という状況にならないかと心配になります。

 

まず「改正ありき」も心配
 フリートークでは東日本大震災のことも出てきましたが、まず「改正ありき」、「予算ありき」で進んでいるような気がします。
 このような未曾有の大災害が起こった後なのですから、平常時ではなく、緊急時と捉えて話し合い、先のことを考え、提言するのが審議会なのではないでしょうか?
 時代の変化に合わせて、「豹変」(=決断)したとしても、誰もとがめないと思うのですが・・・。

 

「豹変」の意味
 「豹変」という言葉を聞くと、ほとんどの人は、「コロコロと態度を変える」、「急に態度を変える卑怯者」など悪いイメージで捉えることが多いと思います。
 でもそれは、本来の意味とは大きく違います。

 この言葉は、中国の『易経』にある「君子は豹変す。小人は面を革(あらた)む」に由来しています。
 『大辞林(第3版)』によれば、豹の毛が季節に合わせて抜け変わり美しい斑文となることから、「君子は時代の変化に合わせて自分を素早く的確に変えていける」、「君子はたとえ過ちを犯しても素早く善に立ち戻れる」ということなのです。
 そこから、「優れた人は過ちを認めればすぐに直す」、「立派な人物であるほど、自分が誤っていることが分かれば、きっぱりと言動を変えられ、過去のことに捕われたり、アドバイスしてくれた人のことを恨んだりすることなく、スッキリした形で、変身することができる――というのが正しい理解です。

 

「小人」の意味
 では、「君子」でない者すなわち「小人」はどうなのか?
 「君子」と比べると、「小人」は、たとえ変わったとしても、「表面的なもの」にとどまるといわれます。
 「表面上、それを受け入れる素振りをしつつも、旧来のやり方やメンツにとらわれ、古いやり方や、いったん口にした自説にこだわってしまう」のだそうです。

 

「豹変」しない「小人」ばかり?
 つまらない面子にこだわって、見解を変えるに変えられないことがあります。
 時代や状況が変化するのは仕方がないことですし、今までのやり方が通じない、合わないこともあります。
 でも、それに気づいた時、過ちを認識し、進路を変える勇気があるかどうかが大切なのではないでしょうか。
 変えることは恥ではありません。
 日本には、本当の「君子」がいないのでしょうか・・・?
 「小人」ばかりなのでしょうか・・・?
 傍聴しながら、ふと考えてしまいました。(ケアマネ支援員)