介護保険制度を中心とする行政情報、各地の市民活動団体の活動などを紹介しながら、みなさんとともに「市民福祉」を考えていくサイトです。

10.傍聴はカラダに悪い・その2

介護給付費分科会の不思議(10)

 

傍聴はカラダに悪い・その2


「自由な議論」が続く分科会
 5月13日の介護給付費分科会。
 介護保険の改正法案が国会を通過していないので、
正規の議論には入れず、「自由な議論」が3時間繰り広げられた。
 今回の改定の目玉、

 定期巡回・随時対応型訪問介護看護(長いうえに何がしたいのかわいらない名前!)と
複合型サービスが中心だったから、様々な見解が飛び出した。
 これまで「目玉」とされたサービスの検証を抜きに
新しいサービスに目移りするのはいかがか、
今回の複合サービスは看護職が中心になるが配置が可能なのか、
などけっこうシビアな意見もあり。
 定期巡回・随時対応型訪問介護看護は、
大都市部の高齢化に対応するものだということ、
モデル事業では家族介護者の存在なしには成り立たない
とあったことも発言の中で指摘された。

 

「NPOの『営利団体』」というトンデモ発言
 そんな中、またもや池田省三委員(龍谷大学教授)が
長々と時間をとってトンデモ発言を繰り出した。
 毎度、池田氏の発言ばかり取り上げるのは
我ながらイヤになるが、黙ってはいられない内容である。
 「NPOの『営利団体』が、介護報酬が低いと主張した結果、
(報酬が上がって)大手が内部留保をため込んでいる」
と2度3度繰り返したのだ。 
 要するに介護報酬はこれ以上上げなくてよい、
介護職員の賃金は充分高いということだ。
 氏は以前の分科会で「イタリアの介護施設を調査したが、

介護職員の賃金は千ユーロ、日本円に換算すると11万円程度。
いったいどこまで上げればよいのか」と発言している。
 けれども、それを言うために、なぜNPOを持ち出すのか?
 まず、介護報酬が低いというのは、
介護保険サービスを提供するすべての団体が同じ主張をしてきた。
 それをあたかもNPOのみが言ってきたかのような発言は
まず訂正されるべきだ。
 NPOだけが主張して報酬が上がるわけがない。

 

どの団体のことなのか?
 それに、NPOの「営利団体」とはどの団体のことなのか。
 氏のお好きな「エビデンス」がある発言なら、
名指しされるがよいだろう。
 もちろん反論の機会を設けなければ不公平になる。
 NPOが「営利団体」と断じられるような活動を
していたことが明らかなら、看板を下ろすぐらいのことだ。
 実態なしなら、名誉毀損にあたる。

 発言の本筋は、介護報酬。
 内部留保が業界全体で1兆円にもなるそうで、
それは当然職員の給与に反映されるべきというまっとうなものだ。
 しかし内部留保をため込んでいるのは、
弱小なNPO団体ではなく、おっしゃるとおり大手の事業者だ。
 それを吐き出させて、まっとうな給与を払わせ、
労働条件を良くするようにというなら、
わたしたちだって諸手を挙げて賛成する。
 だいたいNPOなんかに公式の場での発言の機会はない。
 この際、ぜひ声をかけてくださるように後押ししてほしい。

 本題に戻って、氏の「スケールメリットによって大手、
大規模事業者が生き残り、弱小な経営能力がないところは消える、
これがルールというものだ」という持論には賛同はしない。
 けれども、ひとつの意見ではある。
 トンデモ発言なんて、レッテルは貼らない。
 堂々と意見を開陳されればよろしい。

 

抗議声明を準備
 かくいうわたくし、NPO団体のものです。
 今回の発言は、まさかわが方のような弱小で、
利益など上がりようもない団体に向けられたものではないだろうけれど、
NPO関係者であの席に居合わせてしまったのだから
黙っているわけにはいかない。
 抗議声明を出すべく準備している。

 

「まるごと作戦」は...
 ところで、3月末から連載してきた
「グループホームまるごと引っ越し作戦」の今について。
 4月初め、現地にも出向き、
最初に引っ越しを検討したグループホームにも訪問した。
 その他のグループホームにも声をかけた。
 しかし、県外に出ることは出来ないという。
 宮城県の福祉関係の被災地支援団体にも連絡した。

 こちらからは返事をいただけていない。
 この作戦だけでなく、被災地からの要介護高齢者移動は
ほんとに少数だと聞く。
 80歳,90歳まで生きてきた土地だ。
 ご本人たちは何があっても離れたくない。
 事業者側も、家族が面会にこられるところを
はなれるわけにはいかない。
 その気持ちは痛いほどわかる。
 けれども、再建が始まったり、先行きが見えたりしたら、
ちょっとの間でも被災地よりは生活環境がよいところで
少し骨休めしたらどうだろうか。

 そんな思いもあって、まだ場所は取ってある。
 まだ作戦は終了していない。
 被災地の要介護高齢者が安心して暮らせる日が来るまで、
できることを探しつづけたい。(おりーぶ・おいる)