介護保険制度を中心とする行政情報、各地の市民活動団体の活動などを紹介しながら、みなさんとともに「市民福祉」を考えていくサイトです。

BF074 『母の遺産 新聞小説』
「ママ、いったいいつになってら死んでくれるの?」...疲れと苛立ちが募る介護の日々、曾祖母から私生児という母方の系譜の解読、夫に「親しい若い女」がいることを知った主人公の再出発などが織り込まれた長編小説。

母親が亡くなり、入居していた有料老人ホームから戻ってくる入居金が少ない、という姉妹の会話から物語ははじまる。
「介護保険というありがたい制度がまだ日本になかった時代」に、父親を「死を待つ人たちの家」(老人病院)に7年間、放り込んだまま死なせた母親。
なのに、彼女は夫亡き後、娘たちにわがまま放題、欲望を全開して、身体中の骨折を繰り返しながら、ひとり暮らしを続けた。
「底なし沼に引きづりこまれるような」介護はついに限界になり、姉妹は実家を処分し、高級有料老人ホームに母親を入居させた。
だが、母親は数か月の滞在、それもほとんどは病院で過ごし、「大人しくは逝かなかった」が、亡くなった...。

主人公に語らせる介護・医療制度のコメントが興味深い。
母親の骨折手術では、「『後期高齢者』として、母が自分の懐をほとんど痛めずに、そんな大がかりな手術をしてもらえる国に住む幸せ」に感謝しつつ、「日本の国家財政の赤字も否応なく頭にのぼり、何だか世の中に申し訳なかった」と感じる。
「大腿骨頸部」や「嚥下障害」、「経鼻」、「胃ろう」などの単語に、「人生が、ある時から、これ以上詩情も何もない言葉を学ぶのを強いていった」と嘆息する。
最後の入院では「胃ろうを望んでいなかった人間に、医者が胃ろうを勧める。そのようなことの運びはいったいどれほど日本の常識なのだろうか。また、日本の常識は、どれほど医療技術の進んだ先進国の常識なのか」と疑う。

日本では「市井の生活を平凡に送る女にとって、母親の存在は――しかも今や長寿社会となり、延々とつき合い続けねばならない母親の存在は、ふつうの男の人には多分想像もかない、過剰な意味をもちうる」とも語る。
(水村美苗著/中央公論新社/1890円)