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BF113 『老乱』
認知症の人のたどる道

本業は外科医の著者は、デイケアなど高齢者医療に関わりながら、「老化という"不治の病"」をテーマに小説を発表している。

2003年のデビュー作『廃用身』は、高齢者のマヒした手足を切断して、身体的負担を軽減するというテーマで、「筋トレ」など介護予防の登場とイメージがダブって、怖さを感じた。
85歳で前立腺がんになった父親の在宅介護につきあった『人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期』(幻冬舎新書)という体験記もある。
「生物たる人間は、ある程度の苦しみを経なければ死ぬことはできない」という率直なコメントを紹介しようと考えていたら、認知症介護をテーマとする本作が発表された。
最初に手にしたときは、『芥川症』という短編集もあるので、井上靖の『楼蘭』を連想したが、違ったようだ。

本書は、妻に先に逝かれて、一軒家でひとり暮らしを続ける78歳の五十川幸造が、レビー小体型認知症が進行し、さまざまな騒ぎの末に精神科病院を経て、健康型有料老人ホーム(在宅サービス事業所併設タイプ)に入居、最期に息子夫婦の自宅に引き取られ、在宅死に至るまでが、ていねいに描かれる。

幸造は、ガス会社の技術職を務めあげ、友人はいないが、配食サービスを利用しながら、日常の家事をこなし、漢字の書き取りを続けるなど、「自助」で暮らしていた。
製薬会社の営業マンの息子・知之は、妻・雅美と高校生の息子、中学生の娘の4人暮らしで、父の家には車で駆けつけられる距離にいる。
最初の異変は、幸造が迷子になり駅で保護され、警察から連絡があったことだった。
道に迷った幸造が「他人に迷惑をかけたら、息子に叱られる」「警察に厄介になったら、自由を奪われる」と不安と恐怖にかられたり、訪問調査について「『おまえは介護が必要だ』とお上に認めてもらうわけだ。いやな認定だ」と思う心理描写には、考えさせられる。
とくに、息子夫婦の認知症疑惑に腹を立て、偽装家出を実行するところが興味深い。

認知症介護の最大の問題は、家族が「認知症を治したい」と考えることにあるという指摘のほか、楽天的な対応をするかかりつけ医と悲観的な病院医を比較し、医療の課題もやんわり指摘する。
認知症に関わる2014年から2年間の新聞報道が、章ごとにはさまれているのもリアリティを増幅し、介護未満の家族が入門書的に読むこともできる。

幸造が毎日つける日記も紹介され、『アルジャーノンに花束を』のようだと思ったから、奥付の参考資料に『父の日記』とあった。
写真家の太田順一氏の作品集で、妻に先だたれた父親が20年間、書き続けた日記を撮影したものという。亡くなる2年前に認知症になり、施設に入ってもに日記は途切れず、乱れた文字の記述が、本作の表紙に使われた。
私たちが、認知症をありのままに受け容れることができるのか、を問う作品。
(久坂部羊著/朝日新聞出版/1700円+税)

『廃用身』(幻冬舎文庫)
『芥川症』(新潮文庫)
『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス著/ハヤカワ文庫)
『父の日記』(太田順一著/ブレーンセンター)