介護保険制度を中心とする行政情報、各地の市民活動団体の活動などを紹介しながら、みなさんとともに「市民福祉」を考えていくサイトです。

BF146 『日本型組織の病を考える』
『日本型組織の病を考える』

著者が2009年、厚生労働省の局長として逮捕された時は、驚いた。
「郵政不正事件」と呼ばれたが、障害者団体の会報などの発送に利用される「低料第三種郵便物制度」が、厚生労働省の証明書発行により、ニセの団体に悪用されていたという事件だ。
著者の逮捕理由は、国会議員に依頼され、ニセの証明書を作らせたというものだったが、まったくに身に覚えがなかったという。
「そんな情けない罪を認めるぐらいなら、恋に狂って男を刺して罪に問われた方がまだまし」という言葉に、国家公務員の自負心の高さを感じる。
結局、大阪地検特捜部の予断にもとづく逮捕と取り調べは、裁判の証人喚問で次々とくつがえされ、申請を受けた係長が、偽の団体とは気づかず、多忙な仕事のなかで督促を繰り返されて、障害者の役に立つならと証明書を偽造してしまったことが判明する。

インターネット時代の今ならば、郵便という手段ではなく、ホームページやメールが活用できる。
だが、ほんの少し前まで、市民活動では、会報や通信などの印刷代、なかでも切手代という通信費を捻出するのが大変だった。
私も1980年代、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」の活動に関わっていたとき、「低料第三種郵便物制度」を初めて知り、会報発送作業ではお世話になったが、とても貴重な制度だと思った。

本書の第1章「国家の暴走に巻き込まれた日」を読むと、厚生労働省の職員の善意が裏目に出たことで、検察庁の不当逮捕が暴かれる構図になったことがわかる。
厚生労働分野で働く著者からみると、刑事司法分野には「基礎的で客観的なデータが乏し」いという印象があるという。
介護保険制度にこだわる私からみれば、厚生労働省もそれほど「基礎的で客観的なデータ」を把握しているとは思えないのだが、他の省庁、特に司法はもっとひどいのかとも思う。

記録魔を自認する著者の、半年間の拘置所レポートは興味深い。
多忙な官僚生活に比べると、睡眠時間は増え、麦飯の三食も健康的で、150冊の本を読破したという。
しかし、「管理される」環境とは、不合理を諦め、ルールに従う暮らしであると知ったのは、大切な経験だろう。
過酷な取り調べのなかで、著者が毅然とした態度を取れたのは、「徹底的に闘え」と励ました父親、そして、全面的に支持した家族(夫とふたりの娘)の存在があったからだという。
もちろん、はっきりと書いてはいないが、厚生労働省など著者の周辺にも支援に動いた人たちがいたのだろう。
無実の罪を振り払うには、本人の資質も当然あるだろうが、恵まれた条件が必要なのかとも思う。

なお、官僚と市民運動では、状況の認識に相当な隔たりがあることを知ったのは、副次的な収穫だった。
著者は、2003年度に施行された「支援費制度」を「理念的には良い制度」と考えている。
私も当時、介護保険サイドから制度の成立過程をみていたが、明らかに介護保険と統合するための予備的制度だった。
結局、同制度は3年足らずで「障害者自立支援法」に変わり、利用者負担が導入された。当然、障害者団体は反発し、全国各地で違憲訴訟に発展した。
著者にとっても「公務員人生の中でもっともつらかった仕事」だったそうだ。

介護保険制度では成立時、新たな社会保険を求める市民団体と官僚の蜜月期間があった。
2005年の改正で「介護予防」が導入されることに反対した時、多くの人から担当官僚は「良い人」だと言われ、性悪説に傾いていると非難された経験もある。
市民と官僚の意識には深い谷があることもしみじみ感じた一冊。

(村木厚子著/角川新書/840円+税)