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BF150 『ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』
BF150 『ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』

病気や障害がありながら日常生活を営むには、掃除、洗濯、調理、買い物などひとくくりで「家事」と呼ばれる「生活行為」への支援が不可欠だ。
しかし、介護保険ではホームヘルプ・サービス、なかでも「生活援助」が財務省や首相官邸にとっては目の敵だ。
回数が多い、認定ランクが低い者には使わせるな、ケアプランに枠をはめろと、いちいちうるさい。
なぜ、これほど「家事」がうとまれるのか?
日本には家政学を専門とする人がたくさんいるはずなのに、なぜ、「家事」の分析がなされないのか?

そんな疑問の延長線で、2012年に刊行され、話題になった本書に興味は持っていた。
なかなか読むチャンスがなかったおかげで、2016年に出された「決定版」を読むことができた。

そもそも、家庭の食を担当する女性にとって、調理とは「竈」の煙や煤と格闘することからはじまった。
日本も同様で、アニメ化されてヒットしたマンガ『この世界の片隅に』(こうの史代著)でも、主人公は火を起こすのに苦労している。
横道にそれるが、同じ著者の『さんさん録』は、ひとり者の中年男性への家事指南という異色作で、面白かった。

ともあれ、第一世界大戦に敗れたドイツでは、アメリカからの影響も受けつつ、台所のシステム化が進んだ。
著者はドイツの台所を16世紀から調べ、「工場化」や「集団化」をへて、システムキッチンに至る経緯を紹介する。
20世紀初頭の台所のデザインは、女性建築家が多いこともはじめて知った。
「調理器具のテクノロジー化」は女性の家事時間を短縮するとともに、市場化され、マニュアル化が進んだという。それらの台所革命は、軍国化とともにナチ党の女性運動組織「ドイツ婦人事業団」に吸収されていく。

日本でも、出征兵士にお茶を出すことからはじまった「愛国婦人会」が「国防婦人会」に統合された歴史があることを思い出す。
「無駄をなくせ闘争」(ドイツ)は「贅沢は敵だ」(日本)にも通じる。

そして、家政学とは「ホーム・エコノミクス」の訳語だと教えられた。
また、エコノミーの語源はギリシャ語の「オイコス」で、「家」という意味もあり、「経済とは、最終的には家の管理の問題に行き着く」という。「家事」から社会保障に話が発展しそうだ。
ヴァイマル共和政の1929年に創刊された『家政年報』については、第二次世界大戦下の「節約」路線も含めて、調理作業の科学的な分析や清潔志向、栄養学の導入など詳細な解説がされている。

「レシピの思想史」では、1929年に出版され1950年まで32版を重ねた驚異のベストセラーや、主婦向けの「夫の心への道は、胃袋を通っています」という教訓、健康志向などを紹介している。
驚くのは、固形スープで有名なクノールやマギー・ブイヨンなどがナチス時代に登場していること。
ナチスの節約キャンペーンに使われた「アイントップ」という煮込み料理は、日本の戦争経験者が語る「すいとん」のドイツ版のようだ。
ナチスは「毎日の食事に細心の注意を払え」とキャンペーンを張り、「身体は国家のもの!」「身体は総統のもの!」とした。日本でも第二次世界大戦では兵士を「天皇の赤子(せきし)」と呼んだ。
だが、ナチス・キャンペーンの三番目「健康は義務である!」は、日本では21世紀のキャンペーン(健康増進法)だ。
そして四番目に「食は自分だけのものではない!」と続く。
食事は個人ではなく国家のもので、「正しい食生活」が指導されている。このあたりになると、あまりに、21世紀の日本と相似形になっているのに茫然とするばかり。
一方、家庭の残飯を回収して豚を育てる「食糧清算援助事業」というエコロジカルな取り組みもあった。
このあたりでは、日本の戦時下の涙ぐましい節約料理をまとめた『戦下のレシピ』(斎藤美奈子著)を思い出す。

ナチスといえば、狂信的な独裁者の元で、ユダヤ人絶滅計画などホロコーストを実行した「20世紀の負の遺産」と思ってしまう。
だが、著者は膨大な文献にあたり、ナチスを「食糧の自給と国民の健康を国是とする国家」としてとらえるなら、台所設計の改善、家事マニュアル制作など、新たな視点が必要ではないかと問う。
ただし、台所の合理化は、主婦である女性にとって「奴隷状態」からの解放と考えられたが、工場のように集団化されなかった。
また、栄養学は、伝統的な郷土料理を衰退させ、調理の単純化を推進したとも。

「ナチスのキッチン」を超えて、未来にどのような「キッチン」をイメージするのか。
著者の問題提起をぐずぐずと考え続けようと思った。
なお、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』(1949年)は知っていたが、そもそもナチスが男性を「第一の性」、女性を「第二の性」と呼び、「第二の性」は「第一の性」に奉仕すべき存在をみなしていたことも教えられた。

(藤原辰史著/株式会社共和国/2700円+税)