内閣総理大臣
岸田 文雄 様
2022年12月12日
市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰 小竹雅子
介護保険制度についての要望書
市民福祉情報オフィス・ハスカップは、介護保険制度を中心にメールマガジン「市民福祉情報」の無料配信やセミナーなどを開催している市民活動団体です。2006年度以降、他の市民活動団体と協働し、電話相談を開設し、介護を必要とする人や家族など介護者、介護現場で働く人たちの声に耳を傾けてきました。
現在、厚生労働省は社会保障審議会で介護保険制度の見直しを検討し、来年の通常国会に介護保険法改正案を提出する予定です。改正案の「論点」は多岐にわたりますが、とくに「給付と負担」は、被保険者に大きな影響を与えます。
12月1日、総理大臣は「「社会保障の改革については、家計の可処分所得の拡大に向けて、医療・介護費の増加の抑制の徹底や、給付と負担の見直しにより、現役世代の社会保険料負担の上昇を抑制することが重要です」と言われました。しかし、現役世代の「可処分所得の拡大」のために介護保険料や利用者負担を引き上げるのは、高齢世代の「可処分所得の減少」につながります。さらに介護費を抑えるために給付を削減すれば、家族など現役世代の無償の介護負担が拡大することになります。
新型コロナウイルス感染症の拡大が繰り返されるなか、とくに在宅サービスの利用は停滞していますが、「介護のある暮らし」の実情は明らかにされていません。また、物価高が押し寄せるなかでの負担の引き上げは、年金生活者がほとんどの高齢世帯の家計を直撃します。
これらの観点から、下記のように要望いたします。
要望1. 在宅サービスの中心である訪問介護と通所介護の給付を堅持してください。
要望2. ケアマネジメントの10割給付を継続してください。
要望3. 介護保険料、利用者負担の引き上げには、根拠にもとづく検討をしてください。
要望4. 介護労働者の賃上げ、労働環境の改善を早急に検討してください。
要望1. 518万人が利用する在宅介護の崩壊を防ぐために、在宅サービスの主力である訪問介護と通所介護の給付を堅持してください。
介護保険制度は介護保険料を払う被保険者であるだけでなく、認定(要支援認定・要介護認定)を受けなければサービスにたどりつくことができません。
また、制度は「利用者本位」を基本に掲げ、「利用者の選択」によりサービスが給付されるとしています。しかし、2014年改正で、要支援認定者(要支援1と2)への訪問介護と通所介護は給付からはずされて市区町村の地域支援事業に移行し、選択できる給付が減りました。そして、地域支援事業に移行した訪問介護と通所介護では、市区町村の委託事業所は減少傾向にあります。
このような状況のなかで、財務省は要介護1と2の認定者への訪問介護と通所介護を地域支援事業に移すことを求めています。認定者が必要としているサービスを削減することは、「利用者本位」から遠ざかり、在宅介護の崩壊をうながします。
訪問介護と通所介護の給付を堅持してください。また、今後も増加が予想される認定者の在宅生活を保障するために、訪問介護と通所介護の充実を検討してください。
要望2. 認定を受けた682万人が必要なサービスを利用するために、ケアマネジメントの10割給付を継続してください。
ケアマネジメント(介護予防支援、居宅介護支援)は、認定者がサービスを選び、ケアプラン(サービス利用計画)を作るための道案内役です。地域包括支援センターの職員や居宅介護支援事業所の介護支援専門員(ケアマネジャー)が支えています。
介護保険制度がはじまって以来、「要介護者等が積極的にケアプランの作成を利用できるよう」にケアマネジメントは10割給付とされ、利用者負担はありませんでした。
しかし、「ケアマネジメントに関する給付の在り方」では、利用者負担の導入が検討されています。ケアマネジメントが有料化された場合、認定されたにもかかわらず、「ケアプランの作成」に消極的になり、サービスにたどりつけない人が増え、要介護状態の重度化を早める危険性があります。ケアマネジメントの10割給付を継続してください。
要望3. 7,640万人の被保険者が介護保険制度を信頼できるように、介護保険料、利用者負担の引き上げには、根拠にもとづく検討をしてください。
介護保険料は給付費の半分を負担していますが、受給者数とともに給付費も増え、介護保険料も比例的に増加する設計です。65歳以上の第1号被保険者のほとんどは年金収入から天引き(特別徴収)で、保険料の引き上げのたびに、家計収入が減っています。
また、認定を受けてサービスを利用する場合、所得にかかわらず1割の利用者負担で「応益負担」が原則と説明されました。しかし、2014年以降、認定を受けたにもかかわらずサービスを利用していない「未利用者」が100万人を超えています。このなかには、1割負担の利用料を支払えない認定者もいると思われます。さらには、認定にすらたどりつけない「見えない要介護者」も存在すると考えられます。
「応益負担」でみれば、2014年の改正で「一定以上の所得」がある認定者は2割負担になり、利用料は2倍になりました。2017年の改正では「一定以上の所得」のうち、「現役並み所得者」は3割負担に引き上げられました。厚生労働省の調査では、2割あるいは3割負担になってサービスを減らした利用者の3分の1以上が、「介護に係る支出が重い」ことを理由に挙げています。電話相談では、「一定以上の所得」になり、2倍の利用料は払えないのでサービスを半分にした、グループホームや特別養護老人ホームなどのサービスをあきらめて退去したという事例も寄せられています。
認定者の約9割は75歳以上の後期高齢者です。第1号介護保険料、利用者負担の見直しにあたっては、高齢世帯の世帯構造(単独世帯、夫婦のみの世帯、親と未婚の子のみの世帯)や家計収支、とくに介護保険制度だけでなく後期高齢者医療制度も含めた支出を精査して、推計してください。また、負担の引き上げとともに、負担の引き下げもあわせて検討し、被保険者の給付を受ける権利を確実に保障してください。
要望4. 187万人の介護労働者が安定した支援を提供できるように、介護労働者の賃上げ、労働環境の改善を早急に検討してください。
介護保険制度の給付を必要とする後期高齢者が増え続けるなか、介護労働者の確保は緊急の課題です。
厚生労働省の推計では、2019年度以降、年間5.3万人ずつ介護労働者を増やす必要があるとされています。つまり、2022年度現在、すでに介護労働者は不足しています。しかし、社会保障審議会の「介護人材の確保」には、「処遇の改善」のほか離職防止や魅力向上、外国人材の受入環境整備など、抜本的な人材確保策には程遠い提案が並びます。
新型コロナウイルス感染症の第七波、第八波が相次ぎ、各地で介護保険事業所のクラスター報道があり、人手不足とともに介護労働者の疲労は積み重なっています。早急に負担を軽減する対策を取らなければ、利用者にしわ寄せがいきます。
とくに在宅サービスの主力であるホームヘルパー(訪問介護員)は高齢化と人手不足で減少傾向にあります。ホームヘルパー不足は在宅介護の継続を困難にし、現役世代の不本意な介護離職を招きかねません。子どもたちの「ヤングケアラー」も増える恐れがあります。
総理大臣は12月3日、国際女性会議で「女性の経済的自立は、新しい資本主義の中核です。誰しもが生き生きと暮らせる社会を実現するには、女性の立場からの視点を制度や政策に反映することが欠かせません」と挨拶しました。
介護労働者の7割は女性です。ホームヘルパーでは9割になり、非正規労働者が8割です。女性が多い介護労働者の安定的な確保をめざす施策をぜひ、「女性の立場からの視点」で検討し、介護労働者が生き生きと働ける改善策を早急に構築してください。
以上
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