「老いる」ということは、
「老後や死の手前とか生の終わりの段階でもなく、
老いの受け入れに始まり、老いを超えるという未踏の劇を指す。
それは心身の慢性的なうつ病状態を受けとめることでもあろうし、
介護する・介護を受ける勇気でもある」と著者は定義する。
本書では、膵臓がんで延命治療を拒んだ作家・吉村昭、
妻に先立たれる心情を『妻と私』(文藝春秋)に書き、
「老いを生き抜くことを拒んだ」文芸評論家・江藤淳、
脳出血で左片マヒとなった社会学者・鶴見和子、
脳梗塞で倒れ重度の右半身不随、構語障害になりながら
エッセイを書き続けた免疫学者・多田富雄、
糖尿病で『老いの超え方』(朝日文庫)を考える評論家・吉本隆明など
著名人の「老い」への向き合い方を紹介。
「長寿社会にあった〈老齢〉は現代医学が立ち遅れている、
あるいは後回しに残している」現実を直視しながら、
ホスピスに安楽死、医療過誤、終末期などを取り上げながら、
「安らかな死への道(自然死)」を探る。
医療保険、介護保険など現行制度も並行して考察し、
「病院の在宅化」あるいは「自宅の病棟化」の流れのなかで、
「もちろん医療を受ける人の暮らしは日常性が大事であり、
食べること、排泄すること、身体を清潔に保つこと、
この3つをプロフェッショナルに介護できなければならない」と指摘する。
(米沢慧著/朝日新書/820円)
