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BF165 『チャリティの帝国-もうひとつのイギリス近現代史』
イギリス人は「自らを世界で最も博愛的な国民だと考え」ているという冒頭の紹介にのけぞりそうになった。
いくら世界史にうとい私でも大英帝国のインドを代表とする植民地支配が過酷だったことくらいは知っている。
雑に言えば、植民地からの莫大な収益で大英博物館を作り、安泰な年金制度を実現したといっていいくらい。
そして、現代に至るまで、被支配者たちの痛みは続いている。
でも、市民活動にとってチャリティは貴重な資金源であり、期待すべき行為だ。
また、介護保険制度の改正では「地域共生社会」という言葉が盛んに登場し、社会保険がチャリティに期待しているみたいな風情がある。なので、読んでみた。
キリスト教をベースにしたチャリティには、対象を限定する選別的チャリティと、万人を対象とする非選別的チャリティの2種類があるという。
働くことができなくて生活できない者と働くことができるのに生活できない者と分けるのが選別的チャリティだ。
修道院が経営する救貧院は万人が対象だったけど、16世紀になると宗教改革で半減した。
ヘンリー8世が離婚するために英国国教会を興し、カトリック教会を壊して略奪したせいだけど、チャリティが、近代的な労働観とともに「救貧法」的な法律、公的救貧になっていく。
つまり、物乞いや浮浪者を集めて労役を課すという救済と処罰がセットになった制度が広がっていく。
17世紀に制定された「エリザベス救貧法」は350年も続いたが、「チャリティ用益法」という法律もセットで登場したという。
「エリザベス救貧法」では救貧税の負担を抑えるため「原則として在宅ではなく救貧院での救済(院内救済)を掲げ、院内での待遇は院外(在宅)での生活水準を下回るように定めた(劣等処遇)」。
公的施設というのは「劣等処遇」からスタートしていることを知った。
第2章の「近現代チャリティの構造」では、「自助(セルフ・ヘルプ)の精神」、「勤勉の精神」の登場を説明しているのが現代日本でも参考になる。
イギリスにおける「互助」には、北部工業地帯で広がった友愛組合(フレンドリー・ソサエティ)がある。これは、相互扶助のために出資し、失業、病気、死亡のリスクに備える自発的結社。
そして、イギリス発祥で世界的に広がったのが協働組合。
19世紀後半には労働組合も登場する。
家族など私的な助けあいが「自助」。
自助では生活できないときには「互助」。
だが、「互助」は集団的な「自助」でもあるという。
その次にくるのが、慈善信託、篤志協会などのチャリティ。
また、このころから貧困を個人の責任にするのではなく、社会・環境に求める考え方が普及し、国家福祉を進める改革(リベラル・リフォーム)が登場する。
年金に最低賃金、医療保険、失業保険など「最低生活費保障原則(ナショナル・ミニマム)」が達成されたという。
だが、チャリティ組織のなかには「助けないようにするため」の活動をするところもあったという。
物乞い撲滅協会とか、貧困者の救済が究極の目的だけれど、「救済に値しない不良貧民による不正受給を防ぐ」ために対象者を判定する。
ウソの訴えをチェックする「無心の手紙鑑定局」もあった。
すごいなあと思うけど、著者は弱者を選別することより、チャリティ組織の「緩やかな大原則とケースバイケースの臨機応変なやり方の組み合わせをつねに模索し続ける態度」に注目すべきだという。
とはいえ、チャリティ組織のなかには「救済に値する者」になれなかった弱者を積極的に助ける組織もあり、1865年から開始された救世軍もそのひとつという。
思い出すのはフィンランド映画『過去のない男』(アリ・カウリスマキ監督、2002年)だ。
暴漢に襲われて重傷を負った男が記憶喪失になり、救世軍で働く女性に支えられるストーリー。
東京の神保町には救世軍のビルがあるけれど、どん底になったら救世軍があると教えられた。
なお、日本では1895年から活動をはじめているそうだ。
植民地支配時代のチャリティも、もちろん紹介がある。
宗教的迫害や奴隷制度廃止など「不平等を前提にした『保護』」があった。
医療提供など現代の国際人道支援活動につながる活動もさまざまにあり、「掛け値なしの利他的行為とも純然たる偽善行為ともいえない」という。
そして、チャリティの倫理(利他、無私、自己犠牲)と資本主義の精神(営利、貪欲、他者搾取)は矛盾するものではなく、「チャリティは、欠点のあるふつうの人間が行う営為である」という指摘はおおいに考えるべきだとおもう。
第一次世界大戦と第二次世界大戦の経験は「国家福祉」を推し進めた。
福祉制度の充実は、それまでのチャリティ組織の活動領域を大幅に侵食することにもなった。
だが、1980年代のサッチャー政権による福祉削減策により、チャリティ組織は公的サービスの業務委託的な責任を負わされることになった。
各団体はスタッフのプロ化をすすめ、市場を意識した資金調達方法を模索する必要にも迫られたそうだ。
学校で習った「揺りかごから墓場まで」のイギリスの福祉政策は新自由主義の登場とともに、外注先としてチャリティ組織を再発見したということだろうか。
日本の介護保険制度は、地域の支え合いなど非営利有償活動を続けてきたNPOが成立を熱烈に支持した。
その一方、「利用者」を取られたというグループもあった。
制度がスタートして20年が過ぎ、とくに「軽い」といわれる認定者へのホームヘルプ・サービスとデイサービスは給付からはずす動きが加速している。
行き先は市区町村が運営する地域支援事業で、NPOを「多様な提供主体」と呼んで、委託事業者にする動きが広がっている。
イギリスと似たところはあるが、違いは日本の介護保険制度にはNPOが指定事業者として参入していることだ。
とくに給付から排除されそうなホームヘルプ・サービスとデイサービスを提供しているところが多い。
イギリスには現在、約17万のチャリティ団体があり、寄付収入は1.8兆円、事業収入は3.3兆円になるという。
チャリティ団体の要件は「組織性、独立性、非営利性、自治性、自発性、公益性」だという。
日本の類似の活動は遠く及ばないが、本書を読んで、指定事業者から委託事業者になるのか、給付を維持するよう強く働きかけるのか、介護保険制度に関わってきたNPOも岐路にたっていることを再認識させられた。
(金澤周作著/岩波新書/860円+税)

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